医療のしおり/外科的診療Medical news

頚椎の障害について
近藤 泰紘

はじめに
リウマチで、四肢の関節に病変がおこることはよく理解されていますが、 脊椎にも病変が起こることは、十分に認識されていないようです。脊椎の中でも、特に頚椎にはかなりの頻度でリウマチ病変がおこり、 全リウマチ患者さんの三割位に及んでいます。ではなぜ頚椎にリウマチ病変がくるのでしょうか。このことを理解するために、頚椎はどのようになっているのか その特徴・構造からみて行こうと思います。
頚椎の特徴と構造
〇頚椎にも関節がある(17個)
その特徴の第一は、頚椎にも四肢の関節と同じ構造の滑膜関節があるということです。 頚椎は正面から見ると七個の椎体が連結し、その第一頚椎の環椎と第二頚椎の軸椎は 特別な形をしています。軸椎には歯突起という軸があり、この軸を中心に環軸が回転することで、 顔を左右に向けることができます。このように上位頚椎の主な役目は首を回すことですが、その回転中心の歯突起と環椎の接する部に環椎関節があり、さらにその側方に一対の関節があって、計3個の関節があります。この部の動きは頚椎の中でも最も大きいものです。 軸椎より下の頚椎は軟骨のクッション(椎間板)で椎体間が連結され、頚椎がしなるように動くことができるようになっています。後方では、 第二頚椎より下は側方で左右一対ずつの関節でつながっており、頚椎には計17個の関節があります(図1)。
〇よく動く
第二の特徴は、頚椎は脊椎の中でも動きが特に大きく、前後、左右あらゆる方向へ動かす ことができるということです(図2)。
〇頭の重み(6-8キロ)を受けている
第三の特徴は、頚椎は頭の重みを受けていると言うことです。その重みは約8キロあり、頭の大きさのやかんに水を満たした状態を支えているということになります。
〇神経、血管の通り道
最後は、頚椎は神経(脊髄)と血管(脳へ行く椎骨動脈)の通り道であり、その神経、血管を保護しているともいえます。
図1
図2
頚椎のリウマチ病変とは
リウマチによる四肢の関節障害は、まず関節を被っている滑膜の炎症から始まり、関節の軟骨、さらに骨へと破壊が進むことにより進行していきますが、 同様のことが頚椎の関節にもおこります。頚椎では、17個の関節の中で最も動きのはげしい上位頚椎の環軸関節の滑膜炎から始まります。環軸関節は、軸椎の歯突起と環椎の関節であり、この部の滑膜の炎症は、進行すると歯突起を固定する靭帯なども損傷し、第1~ 2頚椎間のぐらつき(環軸関節亜脱臼)を起こします(図4・5)。 関節亜脱臼の初期の段階では、通常のレントゲン撮影で見逃されることがあります。それは、頚椎の亜脱臼は、前かがみ(前屈位)の時におこり、上を向く(後屈位)で正常に戻るからです(図5)。レントゲン検査を受けるとき、必ず前屈位での撮影が必要です。この撮影により、亜脱臼の程度もわかります。環軸関節の場合も3ミリまでのズレは正常、進行して10ミリ以上のズレ(亜脱臼)を来たせば、神経症状の出る可能性があります(図5点線部)。 上位頚椎では、この環軸亜脱臼におくれ、徐々にその側方の椎間関節の磨耗がおこり、歯突起が垂直方向へ上がり(垂直亜脱臼)、動きが制限されてくることもあります。そうなると今度はその下の中下位頚椎で動きを代償するようになり、中下位頚椎での亜脱臼が始まります。 この場合も、頚椎の前屈位で亜脱臼は増強されます。
図4
図5
症状は
頚椎の亜脱臼の症状ではじめに自覚するのは、前屈位でのズレによる骨同士の擦れ合うグチグチという音です。進行してくると、後頭部痛がでることがあります。 これは、上位頚椎の亜脱臼により、後頭部への知覚神経(後頭神経)の根元が圧迫されるためです。 また、脊髄が圧迫(図6)され始めると、まず、手指のしびれがはじまり、細かい動作(食事・コイン出しなど)が難しくなってきます。さらに進むと下肢にも症状が出て、歩行がふらつき、四肢全体に麻痺を来たすこともあります。 神経症状以外に、頚椎の亜脱臼は頚椎の側方を走る椎骨動脈(図1)の圧迫で、脳の方への血流障害をきたし、めまいをおこすことがあります。
図6
進行は
通常、頚椎のリウマチ病変は上位頚椎から始まりますが、全身的にリウマチがよくコントロールされていれば、進行もゆっくりで、そのままおちついていることもあります。しかし、後で指摘します無用心な日常生活動作(前かがみ動作)をつづけると、進行していくことがあります。進行すると、中下位頚椎へ病変が加わってます。
予防は
私たちの日常生活では、前かがみ動作が多く、この動作が、頚椎の前方への亜脱臼を増強させることになります。例えば図7のように、台所に立つと、ほとんどの動作が 前かがみで行われます。流し台の前に椅子を用意し、そこで座って動作をすれば、目線を水平位に近づけることができ、前かがみ姿勢を軽くすることも可能となります。 このように日常の動作、行動を一つ一つチェックし、前かがみ姿勢を避ける工夫が大切です。 また、肩・肘の関節の動きが悪くなってくると、食事動作などにおいて 顔に手を近づけにくくなってきます。この場合、無理に手に顔を 近づけようとすると頚椎は前方へづれるように動きます。出来る限り肩、肘の関節の 動きを温存することが大切ですが、もし手が顔に届きにくくなれば、自助具の使用など工夫したいものです。 もう一つ上肢の障害が頚椎に影響する動作として、起き上がり動作があります。上肢関節障害のため、起き上がり時に手を床に押し付けることが出来なくなると、 上半身の反動で起き上がろうとします。このとき、首にもしゃくりが加わりかなりの無理がきます。日頃から、腹筋練習(図8)で筋力をつけておき、反動でなく、腹筋でゆっくり起き上がることが出来るようにしたいものです。 枕の高さについては、高すぎると、頚椎の前かがみ状態と同じことになります。低めのものにして、しかも首の後ろを支える形になれば適切です(図9)。 俗にリウマチ体操として配布されているものに、一般のラジオ体操のように、首をいろいろな方向へ動かすような記載が見られますが、これには注意が必要です。日常の動作で首を自然に動かしていますので、あえて首の無理な体操はしないほうが安全です。 むしろ首の周辺の筋力をつけるには図10のように、頚椎は静止したままで行う方法があります。 顔、頭に手をあてがい、双方で押し合うことで筋肉に力が入り、首をしっかりさせる方法です。手が届きかねるような場合は、身近な人の手を借りて行うことも出来ます。ゆっくりと各種 10回くらいを一日当たり2~3回行ってください。
図7
図8
図9
図10
治療は
リウマチの頚椎障害によりいろいろな症状がでたときの治療の原則は安静と頚椎の固定です。 一般的に、頚椎の亜脱臼に対し、その進行予防と治療の目的で図11のような 装具が使われます。 最もよく使われるのは、ソフトカラーですが、これは頚椎の固定という意味ではほとんど効果がありません。ソフトカラーをつけることで頭の重みを支えることには意味がありますが、 前かがみ動作で亜脱臼を防ぐことはできません(図12)。ソフトカラーを つけていても前かがみ動作は避ける必要があるということです。よりしっかりした固定を行うには、フィラデルフィアカラー(図11)、支柱付の装具が必要です。ハローベストは最も固定力のある装具ですが、これは主に頚椎の手術の前後に使用されます。 装具以外の保存療法として、頚椎の牽引療法がすすめられることがあるかも知れませんが、これには用心してください。リウマチによる頚椎障害は頚椎間のゆるみによる亜脱臼がおきていますので、牽引を加えるとかえって症状を悪化させることがあります。むしろ牽引療法は 危険と考えたほうがよいと思います。
図11
図12
手術療法
頚椎の亜脱臼がつよくなり、神経、血管の圧迫症状が重大となり、頚椎の装具による外固定、安静を行っても症状の改善がみられなければ手術療法が考えられます。手術療法の基本は、 頚椎の椎体間のぐらつき(亜脱臼)を固定することです。そのために骨移植を行い、骨癒合をはかりますが、その骨癒合の完成までに、強力な外固定力のあるハロー・ベストを使用します。参考までに当院で行っている手術療法のスケジュールを示しておきます。術前、術中、術後すべての時期にハロー・ベストを使用することにより、安全でより確実な効果を期待できるようになっています。
〇手術療法のスケジュール
(1)頚椎固定術・・・・・骨移植による骨癒合(頚椎のぐらつきの解消)
(2)第一段階・・・術前ハロー・ベスト固定(2~4週間)病状の改善を待つ
(3)第二段階・・・ハロー・ベストをつけた状態で全身麻酔、骨移植固定術(術後1週より離床、リハビリ )
(4)第三段階・・・術後、ハロー・ベスト固定をつづけ骨癒合待機(8~12週間)
頚椎固定術は上位椎のみを部分的に固定する場合(図13)と、中下位頚椎にも病変がおよんでいれば、頚椎全体を固定することになります。 いずれにしても頚椎の動きはかなり制限されるか動かなくなります。動きを犠牲にして、重大な神経・血管の圧迫症状をよくしようとするのが手術療法といえます。
図13
おわりに
リウマチによる頚椎障害を一言でいえば、頚椎のぐらつき(亜脱臼)がおこるということです。そのぐらつきは、いろいろな日常動作によって影響を受けることも理解していただけたと思いますが、もう一度要約すると、頚椎のぐらつきを進行させないためには、日常動作で前かがみ姿勢を極力避けること、ソフトカラーをつけていても・・・ということです。